歴史

『多次元フェスティバル』はこれまでに日本(東京)、アメリカ(ニューヨーク)、ドイツ(ベルリン)で開催されている。

音立日子(当時は『ゆび きたす』)が、自身の音楽グループ『UBI&FU』(当時は『FU』)で出演したカナダの音楽フェスティバルで知己となったオランダの音楽グループ『I Saw The Deep』から、日本での合同ツアーとフェスティバル出演を打診されたのがきっかけとなり、2012年に創始。

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『第1回多次元フェスティバル』 は、2013年5月6日に東京都杉並区にあるホール『座・高円寺2』で音楽グループ『PALESS』と音立日子の共同主催。

当時の名称は『ザ・多次元@座・高円寺GWフェスティバル』で、ステージ上での音楽グループ・歌手によるライブ演奏をメインに、朗読・大道芸のパフォーマンスおよびロビーでの実演販売や絵の展示を行い、総勢20組以上の芸術家が出演。

保護者同伴の小学生以下の子供を入場無料にしたり、会場を着席形式のホールにすることで、普段ライブに足を運ばないような家族連れや、幅広い年齢層の方々にアピールした。

ケーブルテレビ番組『てくてくTV』においてインタビューや公演の模様が放送された。有志出演者によるプレイベントを本公演に先駆けて高円寺『大陸バー 彦六』で3回開催。




『第2回多次元フェスティバル』 は、音立日子のアメリカ・カナダツアーの一環として予定されていたニューヨーク公演を変更して行われた。

『日本の独立系音楽イベント』と銘打ち、ニューヨーク在住の日本人音楽家(Youth Yamada)および日本からの音楽家(『PALESS』、斉藤友秋、伊藤喜一)との共同開催。

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2014年11月8日にブルックリンの『Goodbye Blue Monday』、9日にマンハッタンの『A.B.C NO Rio』というライブハウスで公演。8日は出演者各々のパフォーマンスに加え、出演者全員の混合バンド『Tazigens 多次元ズ』で各自のオリジナル楽曲と即興・ライブペンティングを組み合わせ、シームレスで前衛的なパフォーマンスを行った。9日は『Tazigens 多次元ズ』のパフォーマンスと、ニューヨーク在住のアーティストとの即興による共演。7日の『Sean's Basement』でのオープニングパーティー&パフォーマンスにはニューヨーク在住のパフォーマーも多数出演。

また、ブルックリンの新聞『Bushwick Daily』にインタビュー掲載、『Yahoo!ニュース』のトップに掲載等、注目を集めた。3日間に渡り様々な人種・芸術家が訪れた。

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フェス開催後、音立日子はYouth Yamadaと共にニューオリンズ・ニューヨーク公演等を含むアメリカ東海岸ツアーも敢行。翌年のベルリン公演に参加することになる写真家Jaruwara Pitisuwaranutによる『第2回多次元フェスティバル』のダイジェスト動画も作成された。



『第3回多次元フェスティバル』 は音立日子の単独主催となり、日本・ドイツおよび様々な人々の協力を得て開催された。

過去2回のフェスティバルとは異なり、多分野の芸術家の共演を軸として、全体で一つの物語となるような意図を持って制作された。

フェスティバル本編はドイツ・ベルリンの『Heilig-Kreuz-Kirche』教会にて、休憩を含め約2時間30分の公演を、2日間異なる内容で2015年 8月8・9日に開催。

出演者は日本・アメリカ・タイからの音楽家・舞踊家・画家・詩人・写真家で、演目は日本の作品(『さくらさくら』や『赤とんぼ』等)、ドイツの作品(J.S.バッハ作の『ヨハネ受難曲』からのアリア)、出演者のオリジナル作品で構成し、即興の要素も取り込んだ。

紫式部作『源氏物語』の『葵上』に音立日子が作曲、地歌舞の家元である古澤侑峯が舞うという試みも行った。

マイクやアンプ等の電気機器を使用せずに、会場の響きとパフォーマーの肉体および生楽器・道具のみで表現するというコンセプトも功を奏し、次回開催を望む声が多く聞かれた。

また、オープニングパーティーを7日に、アフターパーティーを9日に『Marie-Antoinette』というライブハウスで行い、日本・オランダ・スイス・ドイツ・アメリカの音楽家がライブ演奏を行った。

日本でもプレイベントおよび関連イベントを六本木『音楽実験室・新世界』、高円寺『大陸バー 彦六』、赤坂『リン・グレイス』で、アフターパーティーを渋谷『サラヴァ東京』で開催した。

また、クラウドファンディングサイト『マクアケ』やプレイベント会場等を通じて多くの寄付が集まり、開催資金に充てられた。

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音立日子は同年6~8月の3ヶ月間にヨーロッパ単独ツアー を行い、各地の音楽家との共演やフェスティバルのプロモーション活動を行い、『第4回多次元フェスティバル』 開催へと繋がった。